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ぶんがくのディフォーメイションについて

文学のディフォーメイションに就て

宮本 百合子

「帝国大学新聞」1940(昭和15)年5月27日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,821 字 · 6 页

青空文庫

しかも現実は容赦ないから、その生活的思意の無方向のまま矢張り我々は歴史の因子として厳然と存在しつづけ、そのような怠慢で自分が存在したことの報復は極めて複雑な社会全般の事情の推移そのものから蒙って生きて行かなければならない関係におかれているのであると思う。

歴史に対する我々のポテンシャリティの捉えかたとの連関でみると、文学におけるディフォーメイションの問題はその過程に様々の曲折をふくんでいる課題の一つだと思われる。

『新潮』六月号に片岡鉄兵氏が「嫌な奴の登場」という題で小論をかいていられる。「近頃誰からも嫌われる、ふてぶてしい押の強い、ある共通したタイプの人物を小説に取扱うのが流行っている」しかし作者たちがそれを描く意図が常に明瞭でなく、そこには、「ただ人生のディフォーメイションがあるのみである」ことを窪川鶴次郎が警告的に語っている言葉に対して、片岡鉄兵氏は寧ろ反対に、そこに日本の小説の新しい段階を見ようとしている自身の見解を示していられる。

筆者の意見によれば、小説のなかに流行しはじめている「誰にも嫌われる、ふてぶてしい性格」の登場の今日の必然は、彼等の存在が今や無視出来ないほどの重要性を持ち、作家をして書かずにはいられなくさせていること、同時に近頃の小説が一方で従来の繊細な内的追及に没頭している他の一方