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ぶんがくじょうのふっこてきていしょうにたいして
文学上の復古的提唱に対して
宮本 百合子
「都新聞」1937(昭和12)年3月8~11日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,051 字 · 12 页
ことは勿論云うまでもない。真実の新しい希望や生活の見とおしを失った人間が過去だけを貴重なものとして自他に向ってその記憶をくりかえす事実を、私たちはまざまざと日常の実際の中で見ている。だが、今日国文学が文学研究の態度から見れば全く不健全な人為的隆盛めいた状態におかれ得る事情に、日本の諸文学研究の伝統中、従来国文学が最も弱い環の一つであったこと、そして、そこに向って今日文学外の力がかかって来ていることは特別な注目に価することではないかと思う。
国文学の研究者というものは、これまで日本の文化の国際的な発達との関係では、独特な立場におかれていた。国文学者にとって必要な古文書、典籍などは、主として皇室の図書館や貴族の秘蔵にかかっており、常人にはそれを目で見ることさえ容易でない有様である。佐佐木信綱博士が万葉集の仕事を完成した時、些かでも専門の知識をもっている人々が歎賞した第一のことは、その文献の蒐集が十分にされている点についてであった。そして、異口同音に云った。これは社会的・学者的声望に欠くるところない佐佐木博士にしてはじめて可能なことであると。
先ず文献に関するこういう伝統的、社会的制約がある上に、これまでの国文学をやる人は、多く国文学の内にとじこもり、而も、非常に趣向的に閉じこもっておった。