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ぶんがくじょうのふっこてきていしょうにたいして

文学上の復古的提唱に対して

宮本 百合子

「都新聞」1937(昭和12)年3月8~11日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,051 字 · 12 页

青空文庫

仏教の思想、剣道の勘、いろいろなものが「さび」という感覚をつくりなしていたのであろうが、社会生活が変化している今日では、抑々その「さび」を主とする茶道が、関西にしても関東にしても大ブルジョアの間にだけ、嗜好されているという現実である。骨董で儲けるには茶器を扱って大金持の出入りとならなければ望みはない。今日日本の芸術の特徴とされている「さび」は常人の日暮しの中からは夙に蒸発してしまっていて、僅にその蒸溜のような性質のものが、茶会も或る意味でのコンツェルンであるブルジョアの間に、骨董屋を挾んで残存している。外国人に見せるものの中に茶の湯という項は必ずある。果してそれを今日の日本の一般的な日常生活の姿として云い得るであろうか。鉄飢饉の記事は新聞に目立っているのであるが、その飢饉によって巨利を占める人々が、茶席に坐って、鉄を生まぬ日本の風土が発生させた「さび」を賞玩するのを、愛する日本の伝統は、今日の風雅と称するのである。

四 今日の勘

芸術諸般の極意に達する心理的、生理的な過程を、日本人は勘という表現であらわして来た。ある程度までは説明がつく、それから先は勘でのみ会得されるものだ、そこにその道の極意は秘せられている。