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あたらしきせかいのためのあたらしきげいじゅつ
新しき世界の為めの新しき芸術
大杉 栄
「早稲田文学」1917(大正6)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,400 字 · 25 页
セント・アントワヌ郊外の一労働者が、一切の憎悪は悪であると云う事を切りに説いて聞かせた一講演者に云った。『憎悪は善である。憎悪は正義である。被圧制者をして圧制者に反抗して起たしめるのは此の憎悪である。私は或る男が他の人々を圧制しているのを見れば、私は其の事を憤慨する。其の男を憎む。そして憤慨し憎悪する自分が正しいのだと思う。』悪を憎まないものは、又、善をも愛せないものである。不正不義を見てそれと闘う気を起さないものは、全然芸術家でもなければ、又、全然人間でもない。」
憎悪や反抗に美があるかないかの問題などはどうでもいい。しかし此の憎悪や反抗に与しないものは「全然芸術家でもなければ、又、全然人間でもない」のだ。此の本間君の思想は、其の後二ヵ年間に、どれほどの進歩があったかは知らない。しかし兎に角此の本間君が、日本に於ける民衆芸術論の最初の提唱者であったのだ。
四
本間久雄君は何事にも篤志なしかし無邪気な学者である。だから君は、エレン・ケイの「休養的教養論」を一読して、至極殊勝な篤志を起したものの、却って安成貞雄君に散々に遣っつけられたように、へまな民衆芸術論の説きかたをしたのである。