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しんぱん ほうろうき

新版 放浪記

林 芙美子

「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页

青空文庫

冬のステキに冷たい海だ

狂人だってキリキリ舞いをして

目のさめそうな大海原だ

四国まで一本筋の航路だ。

毛布が二十銭お菓子が十銭

三等客室はくたばりかけたどじょう鍋のように

ものすごいフットウだ。

しぶきだ雨のようなしぶきだ

みはるかす白い空を眺め

十一銭在中の財布を握っていた。

ああバットでも吸いたい

オオ! と叫んでも

風が吹き消して行くよ。

白い大空に

私に酢を呑ませた男の顔が

あんなに大きく、あんなに大きく

ああやっぱり淋しい一人旅だ!

腹の底をゆすぶるように、遠くで蒸汽の音が鳴っている。鉛色によどんだ小さな渦巻が幾つか海のあなたに一ツ一ツ消えて行って、唸りをふくんだ冷たい十二月の風が、乱れた私の銀杏返しの鬢を頬っぺたにくっつけるように吹いてゆく。八ツ口に両手を入れて、じっと柔かい自分の乳房をおさえていると、冷たい乳首の感触が、わけもなく甘酸っぱく涙をさそってくる。――ああ、何もかもに負けてしまった。東京を遠く離れて、青い海の上をつっぱしっていると、色々に交渉のあった男や女の顔が、一ツ一ツ白い雲の間からもやもやと覗いて来るようだ。

あんまり昨日の空が青かったので、久し振りに、古里が恋しく、私は無理矢理に汽車に乗ってしまった。