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しんぱん ほうろうき

新版 放浪記

林 芙美子

「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页

青空文庫

「だって逃げられなかったのよ。」

「八ツ山ホテルってところでしょう。」

「うん。」

ベニはけげんな顔をしていた。

「男の払った勘定書を持って来るのいやだわ、赤ちゃんみたいねえ、――十四円七十三銭って、こんなもの落してみっともないわよ。」

「あの男、花柳はるみを知ってるだの何だのってでたらめばかり言うのよ、からかってやるつもりだったの……」

「貴女がからかわれたんでしょう、御馳走さま。」

パパのいないベニは淋しそうだった。河水の音を聞いて、コドクを感じたものか、ベニは指を噛んで泣いている。

(四月×日)

朝。

東中野と云うところへ新聞を見て行ってみた。近松さんの家にいた事をふっと思い出した。こまめそうな奥さんが出てくる。お姑さんが一人ある由。

「別に辛い事もないけれど、風呂水がうちじゃ大変なんですよ。」

暗い感じの家だった。北原白秋氏の弟さんの家にしては地味なかまえである。行ってみる間は何か心が燃えながら、行ってみるとどかんと淋しくなる気持ちはどうした事だろう。所詮、私と云う女はあまのじゃくかも知れないのだ。柳は柳。風は風。

ベニのパパ、詐欺横領罪で引っぱられて行ったとの事だった。