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しんぱん ほうろうき
新版 放浪記
林 芙美子
「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页
ここまで取りに来なければ十円近くの金は、私が帳場に立て替えなければならないし、転んでも只では起きないカフエーのからくりを考えると厭になる。結局は客と女給の一騎打ちなのだ。ああ金に引きずりまわされるのがとても胸にこたえてくる。店の女達が、たかるだけたかっておいて、勘定になると、裏から逃げ出して行った昨夜の無銭飲食者の事を思うと、わけのわからないおかしさがこみ上げて来て仕方がなかった。
「代書へ行って届書をかいて来い、アーン!」
あぶくどもメ! 昨夜の無銭飲食者が、ここではすばらしい英雄にさえ思える。
代書屋に行って書いてもらったのが一時間あまりもかかった。茶が出たり塩せんべいが出たり、金を払うだんになると、二枚並べた塩せんべいの代金まではいっている。全く驚いてしまった。届書を渡して、引受人のような人から九円なにがしかをもらって外に出ると、もうお昼である。規律とか規則とかと云うものに、私はつばきを引っかけてけいべつをしてやりたくなった。
帰って帳場に金を渡して二階へ上ると、皆はおきて蒲団をたたんでいる処だった。掃除をすっぽかして横になる。五月の雲が真綿のように白く伸びて行くのに、私は私の魂を遠くにフッ飛ばして、棒のように石のように私は横になって目をとじているのだ。