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しんぱん ほうろうき
新版 放浪記
林 芙美子
「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页
茶色の雨の中を
私は耳をおさえて歩く
耳が痛い 痛いのよ
雨中の烏が光る
もがきながら飛ぶ
杳かな荒野の風の夢
肺が歌う 短い景色の歌なの。
私は何故歩くのだろう
烏の命数だ
烏のようにどこかで私は生れた
停るところのない夜
光って飛ぶ
自分が光るのではない
四囲の光線がわっと笑うのだ
私の肺が歌う それだけなの……。
独り住いの猫 独り住いの犬
誰もいない路の石ころ
露が消える
烏の空 光る烏
釘を抜くようなすべっこい光
よろめき よろめき 只光る烏
肺が歌う 肺だけが歌うだけなのよ。
二つの肺の袋だけが私のような気かする。郵便がもどって来たので、ああそうかと思う。
読売新聞に送った「肺が歌う」と云う詩、清水さんと云うお方が長くて載せられぬと云う手紙だ。花柳病の薬の広告はいやにでっかく出ているけれども、貧乏な女の詩は長くて新聞には載せられないのだ。
たった八頁の新聞は馬鹿な詩なぞよちがないのだ。
ピアレスベッドの広告が出ている。私はこんな丈夫な、ハイカラなベッドに一度も寝たことがない。タイガー美人女給募集。白いエプロンをかけて、長い紐を蝶々のように背中で結んで、ビールの栓抜きに鈴をつけた洒落た女給さんが眼に浮ぶ。