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しんぱん ほうろうき

新版 放浪記

林 芙美子

「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页

青空文庫

夕方、下宿へ戻る。

野村さん、日曜日には遊びにいらっしゃいと云う置手紙あり。がらんとした部屋の中に坐ってみる。落ちつかない。寝ている宇野浩二の真似でもしてみようかと思うけれども、ふとっているので、すぐ、両肘がしびれて来るに違いない。夕飯ごろの下宿は賑やかだ。みんな金を払っているから、煮物の匂いも羨ましい。

*

(十二月×日)

朝から降り歇まない雪のなかを、子供をおぶった芳ちゃんと出かける。積もるとみせかけて、牡丹雪は案外なところで消えてゆく。寛永寺坂の途中で、恭次郎さんに逢う。友人のところに泊ったのだと云って、見知らぬ二人連れの男のひとと並んで、寒い逢初の方へ降りて行った。

恭次郎さんはいい男だな。あのひとは嘘を云わない。だけど、私は恭次郎さんの詩は一向に判らない。恭次郎さんを見ると、私はすぐ岡本さんのことを思い出す。私は岡本さんが好きだ。友谷さんの旦那さんだと云うことがめざわりで仕方がない。だけど、男のひとと云うものは、私のような女は一向に眼中にはいれてくれない。

あんまり寒いので、坂の途中の寺の前のたいやき屋で、たいやきを十銭買う。