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しんぱん ほうろうき

新版 放浪記

林 芙美子

「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页

青空文庫

電車賃は別に支給してくれる由なり。その男のひとの眼尻のいぼが好人物に見える。

「明日早く参ります」と云って歩きかけると、そのひとが天幕から出て来て、私に何も云わないで十銭玉を一つくれた。おじぎをするはずみに涙があふれた。神様がほんの少しばかりそばへ寄って来たような温い幸福を感じる。執念深い飢がいつもつきまとっている私から、明日から幸福になる前ぶれの風が吹いて来たような気がする。今朝、私は米屋で貰った糠を湯でといて食べた事がおかしくなって来る。躯を張って働くより道はないのだと思う。売れもせぬ原稿に執念深く未練を持つなんて馬鹿々々しい事だ。「赤い靴」の原稿は、あのままでまた消えてゆくに違いないのだ。

あの皇族の婦人はいかなる星のもとに生れ合せたひとであろうか? 面のように白い顔が伏目になっていた。どのようなものを召上り、どのようなお考えを持たれ、たまには腹もおたてになるであろうか。あのような高貴の方も子供さんを生む。只それだけだ。人生とはそんなものだ。

夕方から雨。

傘がないので、明日の朝の事を考えると憂鬱になって来る。

夜更まで雨。どこかであやめの花を見たような紫色の色彩の思い出が瞼の中を流れる。