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たびだち

旅だち

豊島 与志雄

――近代説話――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,059 字 · 24 页

青空文庫

中山敏子は、それらのことを母から聞かされ、また先方の写真も見せられましたが、すべてが、自分とは無関係な他事のように思われました。終戦後まだ数ヶ月たったばかりですし、結婚などということは心にぴたりとこず、たゞ漠然とした広やかな自由な呼吸に胸をふくらましているのでした。副島さんの家で先方の人と会った時も、わりに平気でありました。

副島さんの家には、伯父さん伯母さんの結婚記念日の三月十五日に、事業とは関係のない懇意な人々が、毎年招かれました。午後はお茶の集りで、おもに旧知の人たち、夜は食事の集りで、おもに姻戚の人たちでした。その昔、ずいぶん苦しい生活をしていた頃、伯母さんが持って来られた嫁入衣裳をはじめ、主な品物をすっかり質屋に運びこんでしまって、家の中ががらん洞になった、などということがいつも自慢話に持ち出されました。自慢話ですから、もとより、現在の富裕がその裏付けとなっていました。

その集りが、空襲のために一年とぎれて、終戦の翌年に復活したのです。

中山敏子は母に連れられて、午後早く副島さんの家へ行きました。いつも夜の組だったのが昼間になったこと、いつもより入念にお化粧をさせられたこと、来客もまだ少いのに座敷へ行かせられたこと、その他いろいろな気配で、敏子は例の縁談に関係があるのを悟りました。