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たびだち
旅だち
豊島 与志雄
――近代説話――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,059 字 · 24 页
」
敏子は眼のやり場に困って、小さな白い手の爪を見ながら、答えました。
「御交際だけならいいけれど、結婚のための御交際なんて、およそつまりませんわ。」
母は眼を挙げて、じっと敏子を眺めました。
「それでは、あの人との縁談がお嫌なんですね。」
「あの人と限ったことではありませんのよ。結婚なんて、まだ早すぎるんですもの。」
「そんなことを言って、あなたはもう二十四ですよ。結婚は早すぎますからなどと、副島さんに御返事が出来ますか。それは、誰にしたって、まだ結婚するのは早いという気がするものです。わたしもね、お父さまに初めてお目にかかる時、逃げだしてしまって、あとでさんざん叱られたことがありました。けれど、あなたはもう二十四歳になりますよ。」
「あら、お母さまはいつも年のことを仰言るけど、そうじゃないんですの。戦争がすんだばかりで……だから、結婚には早いと思いますの。」
そこまでゆくと、話はうまく通じませんでした。敏子にとっては、戦後に開けた自由な時代が、結婚などとはどうしてもそぐわない感じでした。殊に筒井直介のような人柄との結婚は、考えられない心地でした。それかといって、今度の縁談を断ってしまえば、あとにまた他の縁談が持ち上るに違いありませんでしたから、今度のを楯に取って、すべての縁談を拒むつもりでした。