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たびのたびのたび
旅の旅の旅
正岡 子規
「日本」1892(明治25)年10月31日から四回
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,120 字 · 10 页
駕籠舁の頻りに駕籠をすすむるを耳にもかけず「山路の菊野菊ともまた違ひけり」と吟じつつ行けば
どつさりと山駕籠おろす野菊かな
石原に痩せて倒るゝ野菊かな
などおのずから口に浮みてはや二子山鼻先に近し。谷に臨めるかたばかりの茶屋に腰掛くれば秋に枯れたる婆様の挨拶何となくものさびて面白く覚ゆ。見あぐれば千仞の谷間より木を負うて下り来る樵夫二人三人のそりのそりとものも得言わで汗を滴らすさまいと哀れなり。
樵夫二人だまつて霧をあらはるゝ
樵夫も馬子も皆足を茶屋にやすむればそれぞれにいたわる婆様のなさけ一椀の渋茶よりもなお濃し。
犬蓼の花くふ馬や茶の煙
店さきの柿の実つゝく烏かな
名物ありやと問えば力餅というものなりとて大きなる餅の焼きたるを二ッ三ッ盆に盛り来る。
山姥の力餅売る薄かな
など戯れつつ力餅の力を仮りて上ること一里余杉樅の大木道を夾み元箱根の一村目の下に見えて秋さびたるけしき仙源に入りたるが如し。
紅葉する木立もなしに山深し
千里の山嶺を攀じ幾片の白雲を踏み砕きて上り着きたる山の頂に鏡を磨ぎ出だせる芦の湖を見そめし時の心ひろさよ。