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たびやくしゃのつまより

旅役者の妻より

矢田 津世子

「文学界」1934(昭和9)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,566 字 · 14 页

青空文庫

御器量といい、おやさしいお心根といい、一点非のうちどころのないかたのようにみうけられますのに、御夫婦仲のよくないということが解せず、お妾は時折りお邸へもお出でるのですが、すが目のでっちりな女でとてもとても奥様とはくらべものにならず、月とすっぽんの何んとやら、御主人のむら気には呆れはてたものでございます。

奥様は何かにつけわたくし共におやさしく、いまは慢性になって居る故寝こむ程のこともありませんが絶えずゴホンゴホンと咳いるわたくしをみかねてか、鹿児島の海岸にある別荘へ行ってくるようにとのお言葉、朝起きると夜ねるまで針の取り通しに、家の人たちへも気がねがあり、寸時も気を休めることとてはなく、咳を押し殺して仕事をすれば眼のまわりが腫れたりする有様に、良人も勧めて、丁度別荘へお出でのお袋様にお供をし、鶴江ともどもまいりましたが一ト月も居ります内顔色もみちがえるようになり、この元気の好さを良人にもみせてやりたく、はやる心をおし沈めてお邸へ戻りはしたものの、そこに不幸が待っていようとは誰れが想像いたしましょう。

あね様。

良人が奥様の男妾になっているという噂がわたくしを待ちかまえていたのでございます。