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りょかんについて

旅館について

山本 周五郎

「朝日新聞 PR版」1965(昭和40)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,912 字 · 16 页

青空文庫

「慥かにあの座敷だと思ったがな」と私は廊下をあるきながら呟いた、「ここをこう曲るだろう、そして二段あがるところがあって、すぐ左の――慥かにあの部屋だった筈なんだ」

私は立停り「のぶさーん」と叫び、「くにのりー」と叫んで聞き耳をたてた。若い友人のくにのりは耳ざといたちで、私が呼べばたいていの場合すぐに返辞をするのが通例であった。それがぜんぜん反応がない、話し声も聞えないのである。私は廊下を往ったり来たりし、見当をつけては二人の名を呼んだ。どの座敷もいっぱいの客だと、まえの晩に聞いていたから、客たちの安眠を妨害するほど大きな声はだせない。どうしようと、途方にくれていると、若いきれいな女中さんが通りかかった。私は助かったと思った。

「ちょっと聞きますが」と私は女中を呼び止め、私の顔を判別してもらうため、指で自分の鼻をさし示した、「この、ぼくのつれの部屋はどこでしょうか」

女中さんは済まなそうに、あいそよく微笑しながら答えた、「さあ、わたくし交代したばかりですからわかりません」

なるほど、交代という手があったんだな、私は礼を述べ詑びを云ってあるきだした。待てよ、と私は考えた。