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りょかんについて

旅館について

山本 周五郎

「朝日新聞 PR版」1965(昭和40)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,912 字 · 16 页

青空文庫

というようなことを、よくは理解できない訛りの強い言葉でまくしたて、続けてまくしたてるのであった。

私は沈没してしまった。かの女性の勇壮な酔態と恐るべき弁舌の毒に中ったのは疑いない。眼がさめると、自分が御殿の大広間に独りで寝ていることを知った。五十帖敷ほどの広間の四方に、例の儀々しい御簾がさがっていて、私のほかには人の影もない。私は汗びっしょりで、まわりは蚊の唸りがいっぱいで、池では蛙が鳴きたてていて、私は喉がべらぼうに渇いていた。

「ははあ」と私は起きあがって呟いた、「またおれは一人でおいてきぼりか」

まえに来たときは、北側の廂の間に女中さんが泊ってくれて、私が起きあがるとすぐに起き、なにか用かときいてくれた。水を飲もうとすれば起きてくるし、手洗いに立とうとすれば起きて来てくれた。三人の同伴者が消えてなくなっても、この御殿なら安心である。そう思って私は、廂の間にいるであろう女中さんの眼をさまさないように、そっと起き直って水を飲もうとした。ところが枕許には水はなかった。単に水ばかりではない。ウィスキーの残りとグラス一箇のほかは、きれいさっぱりなんにもないのである。