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ひめくり

日めくり

壺井 栄

「群像」1963(昭和38)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,884 字 · 34 页

青空文庫

「あんまりせきせき見舞っても、それが気になるとすると、遠慮した方がいいのかしら」

「どうかね」

「万一の時にあとへ思いが残っても、辛いしね」

「そうなんだ」

「ひろみだって、心細いでしょう」

こんなところへひろみから、容体をしらせる電話でもあると、それを待ちかねていたように老夫婦は出支度をする。別に化粧をするでもない元子は、帯をしめ直すぐらいですぐにも出かけられるが、文吉の方はいつでもそうはいかない。一とき、せかせかと部屋を出たり入ったり、頭をかしげたり、ぶつぶつと口の中でつぶやいたり、そのあげく、

「めがね、知らないかね」

「しってる、めがねぐらい」

「どこだ」

「それはしらない」

そんな冗談でも云わないと腹が立つほど、文吉はめがねの置場がひろい。

「めがねはずすときに、置場決めておかないからよ。茶の間ならテレビの上とか、書斎なら机の上でなく、抽出しの中とか、洗面所なら鏡の前じゃなく、いっそのことお風呂のふたの上だとか。そしたらさわぐことないのよ」

そういう元子がこのごろでは文吉に劣らぬ忘れやになっている。どうしても見つからないので新しいのを作ったら、庭のつつじのしげみの上にちょんとのっかっていたりする。