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にほんにおけるくりっぷんじけん
日本に於けるクリップン事件
谷崎 潤一郎
「文藝春秋」1927(昭和2)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,290 字 · 21 页
巴里子が何故に彼を折檻したかについては、小栗は自分が浅ましい変態性慾者、――マゾヒストであることを包まず語った。巴里子は決してヒステリーの女ではなく、むしろ小栗を喜ばすために暴威を振っていたのであった。尚また、何の必要があってそんな猛犬を飼ったかというのに、自分(小栗)は元来犬好きの方ではなかったけれども、巴里子の感化で、今では夫婦とも犬気違いになっていた。犬に対する巴里子の嗜好はなかなか専門的であって、犬というものは、婦人が戸外を散歩する時の欠くべからざる装飾である。犬を連れて歩かない婦人は、美人の資格がないのである。その目的に添うためには、小さな繊弱な犬よりも、大きな頑健な犬の方がいい。なるべく剽悍な、獰猛な犬であればある程、それに護衛されながら行く婦人の容姿が、ひと際引き立って魅惑的な印象を与える。と、そういうのが巴里子の持論であった。そして彼女は、小栗と同棲するようになってから、早速土佐犬と狼との混血犬を買い込んだが、それがディステンパーで斃れたので、今度はグレート・デンを買った。ところがそのグレート・デンは、毛の色合や体つきが彼女の皮膚や服装と調和しないことに気が付き、最近に至ってそれを神戸の犬屋へ売って、代りに独逸の狼犬を取り寄せることにしたのであった。