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にほんにおけるくりっぷんじけん
日本に於けるクリップン事件
谷崎 潤一郎
「文藝春秋」1927(昭和2)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,290 字 · 21 页
実は一月三十一日の晩に夫婦喧嘩をしましてね、それをキッカケに妻は怒って家出をしちまったんですが、多分亜米利加へ行ったんだろうと思うんです。亜米利加は妻の生国で、いい男があったらしいから、きっとその男の所へ行ったんでしょう。アレが死んだといい触らしたのは、そうでもいっておかないでは世間体が悪いものですからね」と、直ちに澱みなく陳述した。そうして刑事をヒルドロップ・クレセント三十九番地の自宅へ案内し、家じゅうを隈なく捜索するに任せた。これで事件は曖昧の裡に葬られ、彼の嫌疑は一往晴れたにもかかわらず、クリップンは何に慌てたか、翌日急にどこかへ姿を晦ましてしまった。それが七月十二日で、同十五日に刑事が再び彼の留守宅を捜索したところ、石炭を貯蔵してある地下室の床の煉瓦の下から、首と手足のない一個の人間の胴であろうと思われる肉塊を発見した。コーラが見えなくなってから、実に五箇月半の後であった。
私はここにホーレー・ハーヴィー・クリップン事件を叙述するのが目的でない。だからなるべく簡単にしておくが、彼について特筆すべきは、このクリップンこそ、無線電信の利用によって逮捕せられた最初の犯罪者であった。