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にほんにおけるくりっぷんじけん
日本に於けるクリップン事件
谷崎 潤一郎
「文藝春秋」1927(昭和2)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,290 字 · 21 页
試験の結果、それは牛肉であることが分った。
私は読者に、これ以上説明する必要はあるまい。
ただ何故に小栗由次郎は、その行李を自宅の床下に長く隠しておかなかったか、それをわざわざ運び出して、遺棄したのはなぜであるか、というに、彼はその行李の中の物が人形でなく、巴里子の死体であるかの如き恐怖を感じた。その人形が家にある限り、彼は安眠が出来なかった。第一に彼が考えたのは、それを床下へ置き去りにしたまま、他へ移転する策であった。しかしこれには非常な危険が予想せられた。第二に彼は、それを密かに解体して、部分部分を、徐々に、少しずつ、粉々に砕いてしまうか、或は捨ててしまおうと思った。実際彼はそうしようとして、ある時床下からその荷物を取り出し、行李の蓋を開けたのであったが、彼にはとても、その人形の顔を正視し、それに手を触れる勇気がなかった。彼は何よりもそこから発する香水の匂いを怖れた。それはコティーのパリスであって、死んだ女の体臭といってもいいくらい、彼女に特有な匂いであった。その人形を粉々にするには、もう一度彼女を殺す胆力を要した。しかも今度は自分の手を以て、直接にその事をしなければならない。