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うつりが
日本の文学 8 田山花袋 岩野泡鳴 近松秋江
近松 秋江
近松秋江『日本の文学 8 田山花袋 岩野泡鳴 近松秋江』。同一底本的分册已合并为一书。收入:うつり香、黒髪、狂乱、霜凍る宵。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 152,306 字 · 300 页
『僕はここから帰る。電車賃だ』と、いって十銭銀貨をすうっと私の掌に載せて、自分はそれきり電車に飛び乗ってしまって」
こういって思い味わうようにしていたのを、自分でもまた想いだして、下らなく繰り返していた。
そこへそうっと襖を明けてお宮が入って来た。後からも一人若い女がつづいて入った。
「あらッ!」とお宮は、入って来るからちょうど真正面にそっち向きに趺座をかいていた柳沢の顔を見て燥いだように笑いかかった。
いつもよく例の小豆色の矢絣のお召の着物に、濃い藍鼠に薄く茶のしっぽうつなぎを織り出したお召の羽織を着てやって来たのだが、今日は藍色の地に細く白い雨絣の銘仙の羽織に、やっぱり銘仙か何かの荒い紫紺がかった綿入れを着ているのが、良い家の小間使か、ちょっとした家の生娘のようで格別あどけなく美しく見えた。そうして私は、柳沢がいつか小間使というものが好きだ。といって、かつて大倉喜八郎の家へ新聞記者で招待せられた時、そこで一人の美しい小間使が眼にとまって、
「僕はあんな女が好きだ」と話していたことを思い出していた。
白い顔に薄く白粉をして、両頬に少し縦に長い靨笑を刻みながら、眩しいような長い睫毛をして