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にほんぶんかしかん

日本文化私観

坂口 安吾

「現代文学 第五巻第三号」1942(昭和17)年2月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,816 字 · 43 页

青空文庫

嵐山劇場は常に客席の便所に小便が溢れ、臭気芬々たるものがあるのである。我々は用をたすに先立って、被害の最少の位置を選定するに一苦労しなければならない。小便の海を渉り歩いて小便壺まで辿りつかねばならぬような時もあった。客席の便所があのようでは、楽屋の汚なさが思いやられる。どんなに汚いだろうかしら、と、女中は突然口走ったが、そこには激しい実感があった。無邪気な娘であった。曲馬団で一番つらかったのは、冬になると、醤油を飲まなければならなかったことだそうだ。醤油を飲むと身体が暖まるのだという。それで、裸体で舞台へ出るには、必ず醤油を飲まされる。これには降参したそうである。

僕は嵯峨では昼は専ら小説を書いた。夜になると、大概、嵐山劇場へ通った。京都の街も、神社仏閣も、名所旧蹟も、一向に心をそそらなかった。嵐山劇場の小便くさい観覧席で、百名足らずの寒々とした見物人と、くだらぬ駄洒落に欠伸まじりで笑っているのが、それで充分であったのである。

そういう僕に隠岐がいささか手を焼いて、ひとつ、おどかしてやろうという気持になったらしい。無理に僕をひっぱりだして(その日も雪が降っていた)汽車に乗り、保津川をさかのぼり、丹波の亀岡という所へ行った。