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にほんぶんかしかん
日本文化私観
「現代文学 第五巻第三号」1942(昭和17)年2月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,816 字 · 43 页
全然、貧弱、貧困であった。言うまでもなく、豪華極まって浸みでる哀愁の如きは、微塵といえども無かったのである。
酒樽ありせば、帝王も我に於て何かあらんや、と、詠じ、靴となってあの娘の足に踏まれたい、と、歌う。万葉の詩人にも、アナクレオンのともがらにも、支那にも、ペルシャにも、文化のある所、必ず、かかる詩人と、かかる思想があったのである。然しながら、かかる思想は退屈だ。帝王何かあらんや、どころではなく、生来帝王の天質がなく、帝王になったところで、何一つ立派なことの出来る奴原ではないのである。
俗なる人は俗に、小なる人は小に、俗なるまま小なるままの各々の悲願を、まっとうに生きる姿がなつかしい。芸術も亦そうである。まっとうでなければならぬ。寺があって、後に、坊主があるのではなく、坊主があって、寺があるのだ。寺がなくとも、良寛は存在する。若し、我々に仏教が必要ならば、それは坊主が必要なので、寺が必要なのではないのである。京都や奈良の古い寺がみんな焼けても、日本の伝統は微動もしない。日本の建築すら、微動もしない。必要ならば、新らたに造ればいいのである。バラックで、結構だ。