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にほんぶんかしかん
日本文化私観
「現代文学 第五巻第三号」1942(昭和17)年2月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,816 字 · 43 页
我々に大切なのは「生活の必要」だけで、古代文化が全滅しても、生活は亡びず、生活自体が亡びない限り、我々の独自性は健康なのである。なぜなら、我々自体の必要と、必要に応じた欲求を失わないからである。
タウトが東京で講演の時、聴衆の八九割は学生で、あとの一二割が建築家であったそうだ。東京のあらゆる建築専門家に案内状を発送して、尚そのような結果であった。ヨーロッパでは決してこのようなことは有り得ないそうだ。常に八九割が建築家で、一二割が都市の文化に関心を持つ市長とか町長という名誉職の人々であり、学生などの割りこむ余地はない筈だ、と言うのである。
僕は建築界のことに就ては不案内だが、例を文学にとって考えても、たとえばアンドレ・ジッドの講演が東京で行われたにしても、小説家の九割ぐらいは聴きに行きはしないだろう。そうして、矢張り、聴衆の八九割は学生で、おまけに、学生の三割ぐらいは、女学生かも知れないのだ。僕が仏教科の生徒の頃、フランスだのイギリスの仏教学者の講演会に行ってみると、坊主だらけの日本のくせに、聴衆の全部が学生だった。尤も坊主の卵なのだろう。
日本の文化人が怠慢なのかも知れないが、西洋の文化人が「社交的に」