轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

めいじのごじゅっせんぎんか

明治の五十銭銀貨

服部 之総

「社会労働研究 創刊号」1954(昭和29)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,448 字 · 15 页

青空文庫

それにしても、きょうび昭和の痩せ細った五十銭玉を、何枚か残している家庭がどれくらいあるか?――日露戦争前のあの大五十銭玉を、水瓶に三ばいためている山奥の大地主の噂を、子供のとき聞いたおぼえが私にはある。

明治三、四年といえば、五十銭で米一斗買えた、ほやほやの明治政府は、内外山積の難問題で、のるかそるかというときである。財政計画はあってなきがごとく、やりくり算段も底をついたころで、そのときこの堂々たる五十銭新銀貨をつくったわけを、考えてみよう。

この大五十銭玉は、二枚で一円、それだけの重さの一円銀貨も、べつにつくられていたのだが、この一円新銀貨は、開港いらい貿易に用いられてきた「米ドル」や「墨銀」の一ドル銀貨と同品位同価値のものにつくられている。

この一円銀貨は貿易銀と称して、明治十一年まで開港場以外の内地通用を禁じられていたものだが、明治四年六月十六日から新円と旧銀貨(一分銀)の交換を開始するにあたって、一分銀三百十一個をもって新貨幣百円と交換改鋳する旨を発表している。

旧幕以来の一分銀は四個をもって金一両、四百個が金百両と交換されてきたのであるが、そもそもこの一分銀三百十一個をもって米銀百ドルと交換することにきめたのは、お吉で名高いハリスの狡猾と、幕府役人のまぬけさに基づく、日本にとっての大失敗であっ