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やせがまんのせつ

明治十年丁丑公論・瘠我慢の説

福沢 諭吉

福沢諭吉『明治十年丁丑公論・瘠我慢の説』。同一底本的分册已合并为一书。收入:瘠我慢の説、旧藩情。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,663 字 · 48 页

青空文庫

の主公あるを知て他を見ず、いかなる非運に際して辛苦を嘗るもかつて落胆することなく、家のため主公のためとあれば必敗必死を眼前に見てなお勇進するの一事は、三河武士全体の特色、徳川家の家風なるがごとし。これすなわち宗祖家康公が小身より起りて四方を経営しついに天下の大権を掌握したる所以にして、その家の開運は瘠我慢の賜なりというべし。

左れば瘠我慢の一主義は固より人の私情に出ることにして、冷淡なる数理より論ずるときはほとんど児戯に等しといわるるも弁解に辞なきがごとくなれども、世界古今の実際において、所謂国家なるものを目的に定めてこれを維持保存せんとする者は、この主義に由らざるはなし。我封建の時代に諸藩の相互に競争して士気を養うたるもこの主義に由り、封建すでに廃して一統の大日本帝国と為り、さらに眼界を広くして文明世界に独立の体面を張らんとするもこの主義に由らざるべからず。

故に人間社会の事物今日の風にてあらん限りは、外面の体裁に文野の変遷こそあるべけれ、百千年の後に至るまでも一片の瘠我慢は立国の大本としてこれを重んじ、いよいよますますこれを培養してその原素の発達を助くること緊要なるべし。