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やせがまんのせつ
明治十年丁丑公論・瘠我慢の説
福沢 諭吉
福沢諭吉『明治十年丁丑公論・瘠我慢の説』。同一底本的分册已合并为一书。收入:瘠我慢の説、旧藩情。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,663 字 · 48 页
この時に当りて徳川家の一類に三河武士の旧風あらんには、伏見の敗余江戸に帰るもさらに佐幕の諸藩に令して再挙を謀り、再挙三拳ついに成らざれば退て江戸城を守り、たとい一日にても家の運命を長くしてなお万一を僥倖し、いよいよ策竭るに至りて城を枕に討死するのみ。すなわち前にいえるごとく、父母の大病に一日の長命を祈るものに異ならず。かくありてこそ瘠我慢の主義も全きものというべけれ。
然るに彼の講和論者たる勝安房氏の輩は、幕府の武士用うべからずといい、薩長兵の鋒敵すべからずといい、社会の安寧害すべからずといい、主公の身の上危しといい、或は言を大にして墻に鬩ぐの禍は外交の策にあらずなど、百方周旋するのみならず、時としては身を危うすることあるもこれを憚らずして和議を説き、ついに江戸解城と為り、徳川七十万石の新封と為りて無事に局を結びたり。実に不可思議千万なる事相にして、当時或る外人の評に、およそ生あるものはその死に垂んとして抵抗を試みざるはなし、蠢爾たる昆虫が百貫目の鉄槌に撃たるるときにても、なおその足を張て抵抗の状をなすの常なるに、二百七十年の大政府が二、三強藩の兵力に対して毫も敵対の意なく、ただ一向に和を講じ哀を乞うて止まずとは、古今世界中に未だその例を見ずとて、竊に冷笑したるも謂れなきにあらず。