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めいじてつがくかいのかいこ
明治哲学界の回顧
井上 哲次郎
04 結論――自分の立場
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,235 字 · 22 页
人によっては仏教だのクリスト教だのを倫理教というけれども、将来の宗教はいっさい迷信を除き去った純然たる倫理教でなくてはならぬ。いいかえれば、純然たる普遍的世界的の理想教を要求する次第である。カントは宗教哲学においてはやはり三段階を立てている。第一の段階は根本悪の時代で、その中に善に傾向する素質(Anlage)はあるけれども悪の方が勝っている。つぎは善悪混戦の時代である。そのつぎは善が悪に打ち勝って純然たる善の時代となった時をいうのである。これを純善の時代と名づけたならばよかろう。このカントの純善の時代がすなわち理想教または倫理教の時代である。自分は仏教に対しても多大の興味を有しており、その影響を受けたこともまた少なくない。またクリスト教の道徳思想に対しても崇敬の念を抱いている。であるから、すべての点において、仏教に対してもクリスト教に対してもけっして反対ではない。しかしながら、全体からいうと、純然たる仏教徒でもなければまた純然たるクリスト教徒でもない。哲学上から見て、一般的普遍的宗教の立場にあるのである。それで仏教といわず、クリスト教といわず、その他いかなる宗教といわず、すべて理想教たる倫理教の趣旨に合する点はこれを信ずるけれど、多大の迷信を伴っているところの過去の遺物は全然これを排斥するのである。