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せいざ

星座

有島 武郎

1922(大正11)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,460 字 · 235 页

青空文庫

からからといっても、渡瀬さんの笑いには声は出なかった。

「茶なんざあ、あとでいいですよ。さあやりましょう」

おぬいは渡瀬さんのいうとおりにして、その人と向合いに坐った。渡瀬さんの気息はいつものように酒くさかった。飲んだばかりの酒の匂いではなく、常習的な酒癖のために、体臭になったかと思われるような匂いだった。おぬいはそのすえたような匂いをかぐと、軽い嘔気さえ催すのだった。けれども、それだからといって渡瀬さんを卑しむ気にはなれなかった。父の時代から一滴の酒も入れない家庭に育ちながら、そして母も自分も禁酒会の会員でありながら、他人の飲酒をいちがいに卑しむ心持は起らなかった。これは自分の心持に忠実な態度だろうかとおぬいはよく考えてみるのだった。禁酒会員である以上は、自分の力の及ぶかぎり飲酒を諫めなければならないとも思った。その人が溺れている悪い習慣の結果を考えるなら、不愉快を忍んでも諫めだてをするのが当然だった。けれどもおぬいには心持としてそれがどうしてもできなかった。なぜだかおぬい自身には判らないけれどもどうしてもできなかった。自分が卑怯だからそうなのかと考えてもみたが、あながちそうでもない。