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せいざ
星座
有島 武郎
1922(大正11)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,460 字 · 235 页
諦めようと苦しんでいた。ところが去年のこと、ふとしたおりにその人からおせいは挑みかけられた。おせいは眼をつぶるようにして一生懸命にその誘惑からのがれた。そして底のないような淋しさから声を立てて泣いてしまった。二十という年までじっと、じっと押えつけ、守りぬいていた火のような悲しい思いが、それからのたびたびの危い機会に一度に流れでようとしたのだったが、そしてその人が苦しんでいる様子をみると、いとしくなって何もかも忘れようとさえ思う瞬間はいつもあったのだけれども、彼女はいつでも自分の家の貧しさを思った。健康の弱い兄を思った。白痴同様な弟を思った。貧乏はしても父の名に泥を塗るなと、千歳を出る時きびしくいいわたした父の言葉も思った。自分の心をゆがめきってしまいはしないかと思われるようなこれらの辛らさ、悲しさ、妬ましさ、苦しさを今まで堪えに堪えてきたのはいったい何のため。
おせいは水月に切りこむようにこみ上げてくる痛みを、帯の間に手をさしこんでじっと押えた。父はおせいのあまりに思い入った様子に思わず躊らって、しばらくは言葉をつぐこともできなかった。
二人はお互の間に始めてこんな気づまりな気持を味いながら、顔を見合せるのも憚って対座していた。