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えいがのかたるげんじつ
映画の語る現実
宮本 百合子
「文理科大学新聞」1937(昭和12)年11月20日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,771 字 · 6 页
その笑顔は全くそれとして、満目美と輝きをてりかえす自然なものではあるが、阿蘭は本当はああいう風な笑顔は決して持たないのである。あの笑いの瞬間に横溢する感情表現は、阿蘭の全生涯の歴史が別に書かれて来ているのでなければ阿蘭の体と顔とに現れ得ない美である。俳優としてよりむしろライナーの富、華麗、社交性、女としての日常性があすこで一閃するが如き強烈な印象を与えるのである。映画全体として、これは一つの大きい破綻のモメントである。監督フランクリンがそれに心付いていまい。そのことにもまたこの監督の身についている社会性の複雑さが語られていて感想を刺戟するところである。阿蘭が農奴として育ち農婦として大地を愛して生きる強さ、農民的な粘着力、粗野な逞しい、謂わば必死な生活力をライナーの阿蘭は全面的に活かし得ているかどうかということについても、性格というものの解釈に附随するこの映画製作者関係者一同の或る心持が反映していて興味があるのである。
或る人が「大地」を高く評価しつつ全篇に時間的感覚の欠乏している点をあげていた。これは意味のある注意点であると思った。時間的感覚の欠乏ということは、この監督者が、王龍一家の推移の歴史性をつよく、はっきりと掴み切っていないところから生じている。