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はる
春
豊島 与志雄
「文芸春秋」1926(大正15)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,464 字 · 21 页
彼は彼女等処女の共同生活を想像してみて、それを自分達の共同生活と――自分が感じてる共同生活と比べてみる。
歌の合唱はまた繰返される。
かすみのたなびく
はるの野べに
ほほえむすみれの
ゆかしきかな
…………………
清らかな涼しい声が日光に震えて、庭の樹々の若葉に滑っている窓から見ると、その樹々の梢の方だけが宙に浮いて、柔かな青空に懐かれている。
空には、霞ともつかない薄雲がゆったりとかかっている。見つめているといつしか消えて、青々とした深い大空の肌がじかに感ぜられる。日の光が強くなる。若葉が光ってくる。
若葉の光りに、和田弁太郎は咽せ返る。椿の固い葉までが光ってくる……。
大きな椿、その真黒な実、それを竿の先で叩き落すのである。お梅がはちきれそうな笑顔をしている。椿の実を叩き潰して、その汁で髪を洗うと、毛に艶が出る、とそんなことを云う。竿をもてあつかって、汗ばんだ額を拭きながら、あたりを窺う。誰もいない。お梅が一人、眼の前で笑っている。
何という強健な、だが、息苦しい……抱擁だろう。そんなことを和田弁太郎は追想する……休暇の終りの僅かな日数、それから出発。