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はる

春

豊島 与志雄

「文芸春秋」1926(大正15)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,464 字 · 21 页

青空文庫

もし友人がそれ以上突っこんでゆくならば、和田弁太郎は眼をぎらつかせながら、本当に飛びかかって殴りつけかねない様子をする。で彼を揶揄するには、他の機会を俟たなければならない。

平素は大抵彼は黙々として元気がないのである。不機嫌そうに顔をしかめて、意気消沈したもののようである。

実際彼は不機嫌で力がなく蒼ざめている。それでなお屡々、二階の窓際に坐りにゆく。

小説家は一寸話を切って、どうだろう、という工合にまた批評家の顔を見ました。

「それは一寸と面白い。」と批評家は云いました。

「そうかねえ。」

気乗りしない調子で小説家は答えて、余り嬉しそうな顔もしませんでした。それに調子を合せるように批評家は更に云いました。

「面白い。が然し、動きがないね。一つの情景だけで……勿論その情景は、窓に坐って女学生の讃美歌の合唱をききながら田舎の女を追想するあたりは、面白いには面白いが、それだけじゃどうも、少し物足りなかないかしら……。」

「僕もそういう気がする。然し動きはこれからなんだ。」

そして小説家は、第三の「彼は彼女に接吻した。」を話しだしました。

寄宿舎の近くに、安っぽいカフェーが一つあった。