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はるのとうぞく

春の盗賊

太宰 治

「文芸日本」1940(昭和15)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,212 字 · 58 页

青空文庫

思えば、きたないものである。私は、この緑の風呂敷を、電燈を覆うのに使用したわけは、けれども、その不潔の風呂敷の黴菌を、電球の熱でもって消毒しよう、そうして消毒してから、ながくわが家のものとして使用しようなどの下心からではない。そんなことは無い。私には全くそんな悪心がないのだから、いつでもお返ししたいと思っているのだから、正々堂々、誰の眼にでも、とまるように、あかるみに出して置きたく、そんな気持もあって、電燈の覆いに使用したのである。それに、ちがいない。その上、緑色は睡眠のためにも、たいへんよろしいのであるから、願ったり、叶ったりというものである。その緑色の風呂敷で、覆われて在る電燈の光が、部屋をやわらかく湿して、私の机も、火鉢も、インク瓶も、灰皿も、ひっそり休んでいて、私はそれらを、意地わるく冷淡に眺め渡して、へんに味気なく、煙草でも吸おうか、と蒲団に腹這いになりかけたら、また足もとで、ガリガリ鼠の材木を噛る音。ひょいと、そのほうに眼をやったら、もう、そのときは、おそかった。見よ。

手。雨戸の端が小さく破られ、そこから、白い手が、女のような円い白い手が、すっと出て、ああ、雨戸の内桟を、はずそうと、まるでおいでおいでしているように、その手をゆるく泳がせている。