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はるのとうぞく
春の盗賊
「文芸日本」1940(昭和15)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,212 字 · 58 页
「あまり、火の傍に寄ると、火のあかりで、君の顔が見える。僕は、まだ、君の顔を、なんにも見ていないのだからね。煙草も吸わないようにしましょうね。暗闇の中だと、煙草の火でも、ずいぶん明るいものだからね。」
「は。」どろぼうは、すこし感激している様子である。
私は、あまりの歓喜に、いよいよ逆上せて、もっともっと、私の非凡の人物であることを知らせてやりたくなっちゃって、よけいなことを言った。
「あ、十二時だ。」隣家の柱時計が、そのとき、ぼうん、ぼうん、鳴りはじめたのである。「時計は、あれは生き物だね。深夜の十二時を打つときは、はじめから、音がちがうね。厳粛な、ためいきに似た打ちかたをするんだ。生きものなんだね。最初の一つ、ぼうんと鳴ると、もうそれで、あとは数を指折って勘定してみなくても、十二時だってことが、ちゃんと、わかるような打ちかたをするね。草木も眠る、というでしょう? 家の軒が、三寸するするさがって、川の水がとまるといいますからね。不思議なもんさ。」
「十一時でした。」どろぼうは、指折って数えていたのである。そう低い声で言って、落ちついていた。
私は狼狽して、話題をそらした。