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はるのとうぞく

春の盗賊

太宰 治

「文芸日本」1940(昭和15)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,212 字 · 58 页

青空文庫

ゲエテは、ずいぶん永生きをした。その点だけでも、クライスト、透谷よりは、たのもしく、学ぶところも多いような気がする。おのれの才能にも、学殖にも絶望した一人の貧しい作家は、いまは、すべてをあきらめて、せめて長寿に依って、なんとか補いをつけようと心ひそかに健康法を案じている様子である。「しかしなんといっても、」とゲエテは、エッケルマン氏に溜息ついて結論を申し渡すのである。「最後には、自己を制限し、孤立させることが、最大の術である。」

このゲエテの結論は、私にとって、私のような気の多い作家にとって、まことに頂門の一針であろう。あまりに数多い、あれもこれもの猟犬を、それは正に世界中のありとあらゆる種属の猟犬だったのかも知れない、その猟犬を引き連れて、意気揚々と狩猟に出たはよいが、わが家を数歩出るや、たちまち、その数百の猟犬は、てんでんばらばら、猟服美々しく着飾った若い主人は、みるみる困惑、と見るうちに、すってんころりん。当りまえのことである。それ以後は、私はこれら高価に買い求めた猟犬、一匹一匹、手離すことに努力した。私になつかぬ、けれども素晴らしい良種の猟犬をさえ、私は涙をのんで手離した。