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きのう・きょう・あす

昨日・今日・明日

織田 作之助

「キング 三月号」1946(昭和21)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,018 字 · 24 页

青空文庫

「あッ、危い!」

彼女の手が窓からはなれようとした途端、白崎はうしろから抱きかかえた。オーバの上からだったが、彼女の肌の柔かさと、体温がじかに触れるような気がして、白崎の手はやけどをしたような熱さにしびれた。

あわてて手を離した時、彼女の身体は巧くプラットホームの上へ辷り落ちていた。

「どうも、ありがとうございました」

「いやあ、――あ、荷物、荷物……」

赤井と二人掛りで渡して、

「これだけですか」

「はあ、どうも……」

「じゃ、気をつけて、ごきげんよう」

「ごきげんよう、どうもいろいろと……」

頭を下げたが、しかし彼女は立ち去ろうとしなかった。

「どうぞもう……。御遠慮なく……。市電がなくなるといけませんから」

もう夜の十時十八分であった。

「でも、あと二分ですから、見送らせていただきますわ」

時計を見て、言った。発車は十時二十分である。

「二分か。この二分の間に、俺は何か言わねばならない」

と、白崎はひそかに呟いた。

「――しかし、何を言えばいいんだろう。いや、俺の言いたいことって一体何だろう」

そう呟きながら、白崎はホームに立っている彼女の顔をしみじみと見た。