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きのう・きょう・あす

昨日・今日・明日

織田 作之助

「キング 三月号」1946(昭和21)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,018 字 · 24 页

青空文庫

そして、汽車が動きだした。

「さよなら」

「さよなら」

白崎は、ああ、俺は最後に一番まずいことを言ってしまった。俺はいつも何々しようとした途端に、必ず際どい所で故障がはいる! と、がっかりしながら、しかし何か甘い気持が残った。

彼女の姿はやがて見えなくなった。

白崎はやっと窓から首をひっ込めて、そしてひょいと足許を見た途端、

「おやッ! このトランクは……?」

「あッ、あの娘さんのや」

と、赤井もびっくりしたような声を出した。

「渡すのを忘れたんだ。君、あの人の名前知ってる?」

「いや、知らん。あんたが知らんもん、俺が知る道理がないやろ」

「それもそうだな。そう言えばたしかに、トランクを渡すのを忘れたのはうかつだったが、名前をきくのを忘れたのも、うかつだったな」

白崎はそう呟いた。

やがて、汽車が大阪駅につくと、白崎は赤井と別れて上本町のわが家に帰って行った。

ところが、帰ってみると、かつてのわが家の姿はもうそこになく、バラックの入口に「白崎」という申訳の表札の文字が、鈍い裸電燈の明りに、わずかにそれと読めた。

「やあ、うちもやられたんですか」

「やられたよ。田舎へ引っ込もうと思ったんだが、お前が帰って来てうろうろすると可哀想だと思ったから、とにかく建てて置いたよ」