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じだいとひとびと
時代と人々
宮本 百合子
「婦人公論」1942(昭和17)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,256 字 · 17 页
こういう距離は何だったのだろう。
追々明治初期の文学の歴史を知るようになって、二葉亭四迷のことを読んだとき、非常に印象ふかい数行があった。四迷が「浮雲」を書いたのは明治二十年のことで、二十七歳の坪内逍遙先生が「小説神髄」をあらわし、「当世書生気質」を発表して「恰も鬼ケ島の宝物を満載して帰る桃太郎の船」のように世間から歓迎された二年後のことであった。三つ年下だった二葉亭はその頃のしきたりで当時新しい文学の選手であった「春のやおぼろ」と合著という形で「浮雲」の上巻を出版した。ところが、二葉亭の「浮雲」を熟読して、春のやおぼろは自身の天質がこれからの小説を書いてゆくには適していないことを知って、遂に小説をやめたということが、先生自身の回想として書かれていた。
この插話は、おどろくような自分を見る眼のあきらかさと同時に、聰明というものの限度の悲しさを私に感じさせる。人生には聰明の及び得るよりさきのものがある。
私たちの生活の発育というようなものは、つまるところ、刻々の現実にかかわってゆく私たち自身の生きようとする意慾の角度の中から、可能も見出され、様々の予想しないきっかけがとらえられてもゆくものなのではないだろうか。