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ばんか

晩夏

堀 辰雄

「婦人公論」1940(昭和15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,249 字 · 27 页

青空文庫

それとはなしに耳を傾けていると、一人が絶えず甘えるような声で何かを囁きつづけているのを、もう一人はふんふんといった調子でさも気がなさそうに聞いていた。そうしてはときどきよく生意気な青年がするように、どうでもいいような素っ気ない笑い声を立てていた……

「もうおはいりにならない? すこし冷え冷えしてきたわ……」妻がいった。

「……」私は黙って、山の上にいつか漂い出している夜の雲を見上げていた。

「それはそうと、あしたはどうなさるおつもり?」

「うん、まあ、もう一日位、此処にいてもいいな。静かだから、本ぐらいは読めそうだ。」

私は思い出したように、手にしていた小さな本を開いた。それを少し遠くからのあかりで読もうとしかけた。

「こんな暗いところで、そんなものを読むのはおよしなさいな。……とにかく、こんやは疲れているからもうお休みにならない? あしたの事はあしたの事にして……」

「うん、それもよかろう。あしたの事はあしたの事にするか……」

私は再び一面に雲の出ている夜の空を見上げた。これはどうも明朝あたりから天気が崩れそうだぞと思った。だが、まあ好い、本当にあしたの事はあしたの事だ。