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ばんか
晩夏
堀 辰雄
「婦人公論」1940(昭和15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,249 字 · 27 页
ままよ、もうしようがないから、一晩だけでも我慢して泊って往こうと腹を据えて、私は妻の持っていたラケット入れを殆ど引ったくるようにして、玄関に立った。
玄関の脇に二つ三つ木の椅子のある小さな土間があって、そこが酒場になっている。舶来物らしいウィスキイや葡萄酒の壜が並んで、壁には「Summer in Germany」というポスタアが掛かっているのが見える。ちょっと一種の感じがある。
二度目に呼鈴を押したら、漸っと白い上張りを引っかけた若い男が出て来たので、部屋をかけあうと、まだ二三日滞在している筈の前からの客があるのでそれまでならお泊めします、と云う事だった。ともかくも部屋を見せて貰うことにして、靴を――そう、靴は脱がなければならなかった。
客室は二階に五つか六つあるっきり、――それも西側の湖水に向いた方は全部日本間で、洋間は裏山と向き合った東側に小さいのが二つあるだけだった。湖水に向った方は折からの西日が一ぱい差し込んでいて、それではやり切れないから、眺めの悪い洋間の方の一つを選んだ。窓の下には薪が積んであったり、玉蜀黍が植えられてあったりしていて、その少し向うに二三本の赭松が見え、それから何処へ往くのだか一本の道が傾きながら裏山へ消えているきりだった。