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ダーク・ミニスター
暗黒公使
夢野 久作
「新作探偵小説全集 全九巻」1933(昭和8)年1月15日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 214,561 字 · 420 页
ところでここいらまではボーイも客人もちょいちょい二人の様子を見ていたが、間もなく大勢の客がどかどかと這入って来て酒を呑んで騒ぎ出したので、二人の存在がそれっきり忘れられてしまった。尤もその間の二十分間ばかりというもの、男と女はひそひそと話ばかりしていたが、しまいに男は又かなり酔っ払ったらしい声で呶鳴り出した。
「……ええうるさいッ。最早話はわかっているじゃないか。子供を思い切るという位、理窟のわかる貴様が、どうしてこれがわからないんだ。貴様は貴様の仕事をする。俺は俺のいいようにする。どこへ行こうと、何をしようと俺の勝手だ。貴様の知った事じゃない。黙っていろ」
この声は二階中に響き渡って、客人の大部分に聴き耳を立てさせた。その口調の中には、こんなカフェーの中に不似合な、何ともいえない涙ぐましい響があったので、一時カフェーの中がしいーんとした位であった。一方に女は男からそう云われると、身も世もあらぬ体で、鼻紙で顔を押えて泣き声を忍んでいる様子であったが、そのまましゃくり上げながら立ち上って、しおしおと階段を降りて行った。
こんな場面を見せ付けられたカフェーの中はすっかり白気渡ってしまった。