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ダーク・ミニスター

暗黒公使

夢野 久作

「新作探偵小説全集 全九巻」1933(昭和8)年1月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 214,561 字 · 420 页

青空文庫

「はい。鎌倉材木座の八五六で岩形と承わっておりますが……」

「その他に、東京の方で事務所か何か御存じですか……通知なぞを出されるような……」

「別に存じませぬ。何分極く最近の取引で、こちらでも行届きかねておりましたような事で……御用の節はいつも岩形さんが御自身にお見えになりましたので……」

「いや有難う。いずれ又……」

と云い棄てて電話を切った。そうして急いで寝室に引っ返して、彼の半分に裂けた岩形氏の名刺を鼻に当てて嗅いでみると果して……果して極めて淡いながら、疑いもないヘリオトロープの香気が仄めいて来た。この名刺が一度、岩形氏の手から女に渡されて、又、何かの理由で岩形氏のポケットに帰って来たものである事は、もはや十中九分九厘まで疑う余地がなくなった。

私は事件のまとまりが、やっと付いたように思ったので内心でほっと安心をした。そうして今聞いた電話の要点だけを熱海検事に報告したが、そのうちに今まで熱心に岩形氏の屍骸の周囲を検査していた志免警部は、突然つかつかと私の傍へ近づいて来て、岩形氏の泥靴を私の鼻の先へ突き付けた。

「……何だ……」

と私は面喰って身を引きながら云ったが、志免刑事がそうした理由は直ぐに判然った。