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あらしのなか
暴風雨の中
山本 周五郎
「週刊朝日新秋読物号」朝日新聞出版、1952(昭和27)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,339 字 · 30 页
しかしそれらしい物はなにも見当らなかった。
風景はすっかり変っていた。
千住大橋の上から東に向って流れる川が、そこで大きく南へぐっと曲っていた。そこはその曲っている川へつき出た地形だった、不規則な三角形の突端のような場所に、地盛りをしてこの家は建っていた。対岸には水神の森があり、少し下流には真崎稲荷の森があった。水神の森に続いて向島堤の桜並木が見える筈であった。しかし今はそれが見えなかった、水神の森も半ば水に浸されて、灌木の繁みのようになり、烈風に薙ぎ倒されては、その梢で水を掃くさまが、豪雨をとおしておぼつかなく眺められた。
男が一人、ずぶ濡れになって、廊下の西の端から、この二階へ辷り込んだ。三之助は外を見ていた。その男は裏から屋根づたいに廻って来たらしかった。そして、吹飛ばされた雨戸の間から、手摺を跨いで(かなりすばしこく)中へ辷り込んだのであった。
三之助は外を見ていた。どっちを見ても鼠色の水であった、どこにも地面は見えなかった。風のために波立ってはいるが、水は流れているようではなかった。洪水という激しさは感じられなかった。雨にかき消される彼方まで、重おもしく漫々とひろがっていた。