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しょきかん

書記官

川上 眉山

「太陽」1895(明治28)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,182 字 · 36 页

青空文庫

おう奇麗だ。と話を消してしまいぬ。

名にし負える荻はところ狭く繁り合いて、上葉の風は静かに打ち寄する漣を砕きぬ。ここは湖水の汀なり。争い立てる峰々は残りなく影を涵して、漕ぎ行く舟は遠くその上を押し分けて行く。松が小島、離れ岩、山は浮世を隔てて水は長えに清く、漁唱菱歌、煙波縹緲として空はさらに悠なり。倒れたる木に腰打ち掛けて光代はしばらく休らいぬ。風は粉膩を撲ってなまめかしき香を辰弥に送れり。

参りましょう。親父ももう帰って来る時分でございます。と光代は立ち上りぬ。ここらはゆッくり休むところもなくっていけませんな。と辰弥もついにまたの折を期しぬ。道すがらも辰弥はさまざまに話しかけしが、光代はただかたばかりの返事のみして、深くは心を留めぬさまなり。見るから辰弥も気に染まず、さすが思いに沈むもののごとし。二人は黙して歩みぬ。

おや。という光代の声に辰弥は俯向きたる顔を上ぐれば、向うよりして善平とともに、見知らぬ男のこなたを指して来たりぬ。綱雄様と呼びかけたる光代の顔は見るから活き活きとして、直ちにそなたへと走り行きつつ、まあいついらっしゃったの、どんなに待っていましたか知れませんよ。