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ぼうがくととうきょう

望岳都東京

木暮 理太郎

「霧の旅」1934(昭和9)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,243 字 · 61 页

青空文庫

従って山の形も実際に近きものもあり、又想像的のものも少なくない。農鳥岳の如きも実際とは大分異なっている。要するに形に於ては余り正確なものでないと御承知を願いたい。(大正六、九『山岳』)

〔附記〕凌雲閣は俗に十二階と呼ばれ、浅草公園六区の瓢箪池から北の方へ四十間許り離れた場所に立っていた。十階迄は八角形煉瓦造、其上の二階は木造で、海抜高距は約六十四米(塔の高さ六十米六、地高三米四)であった。山の手の高台からは適当の距離を隔てていたし、邪魔になる程の高い建物はあたりに皆無だったので、眺望は申分がなかった。唯北の方は川口、尾久あたりの荒川沿岸に散在する工場の煤烟で、稍展望は阻害されたとはいうものの、今と比較すれば殆ど問題ではなかった。

愛宕塔は芝区愛宕山の上に在った。現に放送局の占めている位置である。塔は五階で、凌雲閣と同じく煉瓦造りの八角形、それを白堊で塗ってあった。海抜約五十六米(塔の高さ三十米、愛宕山の三角点二十五米七)であったから、凌雲閣より八米低かった。それに愛宕神社の北から西北にかけては、塔より少し丈の高い欅が密生して、全く日光方面の眺望を遮断し、又西久保八幡神社の銀杏や、仙石邸あたりの樹木も少し目隠しとなって、凌雲閣のように無礙の眺望は得られなかったにしても、丹沢、大菩薩及び秩父の連山は、いつも鮮