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あさやけ

朝やけ

豊島 与志雄

「光」1947(昭和22)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,795 字 · 24 页

青空文庫

而も、最も悪いことには、喜久子も中野も或は面白がって承知するかも知れなかった。彼女の盲目な肉体は、また彼の萎靡した精神は、それを受け容れ得るかも知れなかった。だが、おれの魂は頑強に反抗した。――おれはいつしか、深い瞑想に沈みこんでいった。

「どうしたんでしょう。なんだか様子が変ね。」と中野が言っていた。

「飲みすぎたんでしょう。」と喜久子が言っていた。

「用事ってのは、何のことかしら。」

「さあ、あたしにも分らないわ。」

そのような言葉を遠く耳にして、おれは身を動かしたとたんに、コップを二つスタンドから落したらしい。硝子の砕ける澄んだ音に、おれは我に返って立ち上った。

「用件とは、酒を飲むことだ。さあ、もっと飲もう。」

おれは祝杯をあげかけたが、また腰掛の上にくず折れてしまった。

「あたし、もう帰ってよ。」

「ええ、それがいいわ。」

声だけ聞えた。中野は立ち去ったらしい。喜久子はちょっと後片付けをしたらしい。そしておれは寝床へ連れこまれたらしい。

アルコールの過度の刺戟で、おれは夜中に眼を覚ました。それからおれは、肱で突っつかれて寝返りをした喜久子の、下品な耳をしばらく見ていたが、ひどく佗びしい気持ちになって、そっと起き上った。