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あさやけ
朝やけ
豊島 与志雄
「光」1947(昭和22)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,795 字 · 24 页
それはとにかく、まあ普通なら、頸筋に接吻するなり、耳にきつく噛みつくなり、そうするところを、耳の下っ端をそっと舐めるなどとは、如何にも中野のやりそうなことだ。而もその耳朶たるや、地肌にひきつられてる下等な下品なものなんだ。それを敢て舐めたり舐めさせたりするところに、おれの思いも及ばない濃厚な情感が、二人の間にあるのかも知れない。
もともと、おれが喜久子に溺れこんだのも、あの中野卯三郎のせいだった。
喜久子、前田喜久子が、二年半の間、満州で何をしていたかは、おれにもよく分らない。日本人相手の料理屋をしてる伯母さんの家で、帳場や座敷の手伝いをしていたということだが、まあそれとしておこう。終戦になって、程へて、彼女は東京に帰って来た。伯母さんは体を悪くして、田舎にひっこんだ。喜久子は一人で酒場を初めた。――建物払底の折柄だ。都心近くのある半焼けのビルも、急速に修復されて、幾つもの事務所をぎっしりつめこんだ。屋上に小さな料理店が作られ、それが更に建て増されていった。その一隅に、ささやかな喫茶店があった。そのような場所では、一向に客足がつかなかった。それを、喜久子は伯母さんとその知人との世話で譲りうけてもらい、酒場に改造した。