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ちょうせんのともにおくるしょ
朝鮮の友に贈る書
柳 宗悦
「改造」1920(大正9)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,604 字 · 32 页
それはそれ自身であって如何なる他の性質にも還元し得ない作である。高麗の美は決して宋の美ではあり得ない。両者にはその成分において技巧において近い素質もあろう。しかし現された美には、まがいもない差異が厳存する。高麗の器に流れる微妙な線の美しさは、少しでも宋窯に求める事は出来ぬ。それは真にそれ自身の線であって、一分だにそれを変えるなら、それは既に朝鮮の心から離れるのである。李朝の作においてもそうである。明の磁器と李朝のそれとのどこに類似があろう。どこに明の「大に事えた」李朝の美があろう。そこにはそれ自らの心があり生活がある。朝鮮の美は固有であり独特であって、決してそれを犯す事は出来ぬ。疑いもなく何人の模倣をもまたは追随をも許さぬ自律の美である。ただ朝鮮の内なる心を経由してのみあり得る美である。私は朝鮮の名誉のためにもこれらの事を明晰にしたい。その藝術が偉大であるとは、直ちにその民族が美への驚くべき直観の所有者であるという意味である。しかもそれは粗野な美にあるのでもなく、強大な特質にあるのでもない。それは実に繊細な感覚の作品である。私は朝鮮民族の、美に対する敏鋭な神経に対しては、実に疑い得るいささかの余地をも持たぬ。