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みらいのてんさい
未来の天才
豊島 与志雄
「人間 第三卷七月號」人間社出版部、1921(大正10)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,630 字 · 38 页
私はまだ口が利けなかった。彼女もそれきり黙っていた。暫くして、私は漸く唾をのみ込んで云った。
「朝顔を蒔いたんですが、なかなか生えません。」
余り時経た答えだった。心持ちが妙にちぐはぐになった。彼女は黙って歩み寄ってきた。細そりとした肩の上に、大きな束髪が重そうに揺れた。彼女は垣根の方を覗き込んだ。
そこに、お上さんが裏口から洗濯物を持って出て来た。私達の姿を見ると、彼女の饒舌が初った。
「木川さんったら、それは可笑しいんですよ。朝顔の種を蒔いといて、すぐその日から生えでもするように、何度も何度も出てみては、じっと地面と睥みっくらをなすっていらっしゃるじゃありませんか、まるで子供みたいにね。余り馬鹿々々しいから、一日や二日で種が芽を出すものですかって私が云ってあげても、どうしてもお聞きなさらないんでしょう。ほんとにお坊ちゃんですよ。絵具を買って来ると、それを机の上に並べて喜んでいらっしゃるし、……絵を描く方は、そんなに絵具が嬉しいんでしょうかしら。それは私達だって、新らしい反物を買って来ますと、嬉しいには嬉しいんですけれどね。」
静子はきょとんとした顔をして、そんな話を聞いていた。